「今まで食べたことない料理、いっぱい食べさしてやぁよ」
彼の家の食卓に並ぶものは、あたしの家では並ばないものが多かったから、料理上手な彼があたしに料理を作ってくれる予定だった。
東京に行ったらこうしよう、ああしようと彼とよく話した。二人で同じ未来を見て、同じ場所でいっしょに過ごしてる二人を想像しては、期待に胸が膨らみ、早くその時が来ないかとワクワクしていた。
「東京までバイクで行くなら、あたしも連れてって」
「仕事終わる時間になったらバイクで迎えに行ってあげるよ」
「ディズニーランドいっしょに行こうな」
「服とかいっしょに買いに行こうぜ」
「アメリカンのチーム作るけん、お前もいっしょに走りに行くか?」
いつかサプライズしようと思ってたから彼には一度も言ったことはなかったけど、二人共通で好きなスピッツのライブにも行きたかった。
一年半も付き合ったのに、あたしたちはイベントの日に二人いっしょに過ごしたことがなかった。お互いの誕生日もクリスマスもお正月もバレンタインとホワイトデーも、付き合いはじめた記念日も。今までいっしょに過ごしたいと思ってもできなかったことが、東京に行けば叶うんだと信じてたから、寂しくても頑張れた。遠距離恋愛が一生続くわけじゃないと思っていたから、一年半の遠距離恋愛もさほどしんどいとは思わなかった。
新しい環境に行けばいろんな出会いがあって、気持ちも開放的になって、彼に女が寄ってくる(彼が女に寄っていく?)のは目に見えてた。あたしも同じ道を歩いたから、彼の気持ちはよくわかった。だから、他の女にとられないように、彼に付いていたいと思った。それに、彼と別れることになっても、距離のせいにはしたくなかった。遠距離だったからダメだったんだとは言いたくなかった。近くにいてもダメだったんだと自分を納得させたかった。近くにいないと後悔すると思った。
あたしが東京に行こうと思ったイチバンの理由はこれだった。
ねぇ、覚えてる?
「付き合い始めた頃と今と、どっちが楽しい?」って聞いたとき、なんて答えたか。
「今!断然」って言ったんだよ。
別れ話になったのは、その二日後だった。